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首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ①施策動向

施設動向
2024年CBTC運用開始に向け準備が進行している東京メトロ丸ノ内線
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首都圏のJR・公民鉄では次期保安装置として無線式列車制御システム導入を目指す動きが相次いでいます。全3回の本連載では、2023年の動きを総括することで、首都圏における在来線向け無線式列車制御システムをめぐる現状を整理し、記録に残すことを目的とします。本記事では、事業施策に関する動向を振り返ります。

1.はじめに

本記事では、無線式列車制御システムの新規導入区間の発表や公表資料から類推できる事象といった会社事業としての施策動向に焦点を当てます。
2023年は、以前から導入の動きがあったJR東日本、東京メトロ、都営地下鉄に加え、大手民鉄から西武鉄道と東急電鉄から無線式列車制御システム導入に向けた動きが明らかになったのがトピックです。以下に各社の動向をまとめます。

※本文中で頻出する保安装置関係の略語は下記の通りです。なお、CBTCとATPの関係についてはこちらをご覧ください。
ATS:Automatic Train Stop(自動列車停止装置)
ATC:Automatic Train Control(自動列車制御装置)
ATP:Automatic Train Protection(自動列車防護装置)
CBTC:Communications-Based Train Control(無線式列車制御)
ATACS:Advanced Train Administration and Communications System(JR東日本の無線式列車制御システム)
SPARCS:Simple-structure and high-Performance ATC by Radio Communication System(日本信号の無線式列車制御システム)

2.2023年の施策動向

2.1 JR東日本

2023年は、2021年12月に発表(PDF)されたATACSの次期導入区間(山手線、京浜東北線大宮・東神奈川間)における準備が進行しました。新規導入区間等の発表はありませんでした。
予算面では、同社IR資料から本件を指すとみられる「首都圏主要線区ATACS化工事」(工事完成時期:2028年頃)において、予算の予定総額が増額されたことが明らかになりました。第36期(2022年度)第3四半期報告書*2では、増額理由を「設備整備エリア拡大のため」としています。具体的な金額は、第35期(2021年度)は約369億円*1とされていましたが、第36期(2022年度)は約610億円*2*3とおよそ1.7倍の予算規模になりました。増額後の第36期(2022年度)末時点における予算の消化状況は約5.9%でした。2023年度に入ってからは、地上設備工事の具体化や車上装置の設置工事本格化に伴う設計費・材料費・工事費を要する状況です。予算消化が進行しますが、第37期(2024年3月期:2023年度)はどの程度の消化規模になるかが焦点です。

首都圏ワンマン・ATACS化予定総額が約344億円ほど増額
今月7日付で関東財務局長に提出されたJR東日本2023年3月期の第3四半期報告書によると、「首都圏主要線区ワンマン運転に伴う工事」及び「首都圏主要線区ATACS化工事」の予定総額が第3四半期中に増額されたようです。いずれも設備整備エリアが拡

 

2.2 東京メトロ

2023年3月に東急電鉄と連名で半蔵門線にCBTCを導入することを明らかにしました*4。事業計画や資材調達公報、現車の状況から、丸ノ内線・日比谷線に続く導入予定線区であることが以前から示唆されていましたが、事業施策として具体的な計画や時期が公表されたのは初めてでした。導入時期は2028年度としています。
また、CBTC導入において先行する丸ノ内線・日比谷線でも準備が進められた1年でした。
この内、丸ノ内線CBTCシステムに関しては、2024年11月運用開始に向けて各種準備が進められていることが、2023年11月末に公表された日本地下鉄協会の資料*5から判明しました。また、運転取扱いなどの検討が深度化していることが2023年3月発行の業界誌*6で明らかになりました。

メトロ2000系ATP車上無線搭載完了+CBTC運用開始は2024年11月
2020年秋より作業が進められていた東京メトロ2000系へのATP車上無線装置の搭載対応が完了したことを確認しました。また、丸ノ内線CBTCシステムの運用開始時期について、2024年11月を目指して準備を進めていることが日本地下鉄協会の資料

2.3 都営地下鉄

新規導入区間等の発表は無く、大江戸線CBTCシステム(SPARCS)の2027年度営業開始に向けた準備が進行した1年でした。
大江戸線では地上・車上設備ともに設置工事が進捗しつつある状況です。また、2023年11月末に公表された日本地下鉄協会の資料*5にて、▽運転保安設備変更に係る認可申請が完了したこと、▽内規の詳細検討や試験計画の具体化といった準備が進行中であることが明らかになりました。

2.4 西武鉄道

2023年1月18日に、2030年代の西武線全線への展開を目指して、西武式CBTCシステムの実証試験を多摩川線で行うことを明らかにしました*7。2024年度初頭から現車による走行試験を行うとしています。この実証試験に向けて、2023年夏以降は多摩川線沿線で地上設備の設置工事が進行しました。

西武多摩川線でCBTCシステムの実証試験実施へ
1月18日、西武鉄道は2023年1月より西武多摩川線にて無線式列車制御(CBTC)システムの実証試験に向けて準備工事に着手することを明らかにしました。2024年度初頭に走行試験を開始する予定のほか、西武線全線への展開を計画しているとしていま

同社の保安装置は大部分の線区で高周波連続誘導車上パターン方式の西武ATSが使用されていますが、前回更新が2011年頃までに済んでおり、次期更新時期が2030年代前半~半ば頃になることが窺える状況でした。過去の他社における新保安装置導入に向けたプロジェクト進行の状況と照らし合わせると、2020年代半ばの数年は試験に費やして安全性検証や詳細設計を深度化させることが見込まれます。システム設計は日本信号が受注(PDF)していますが、同社のCBTC製品「SPARCS」を基本としつつ、西武固有の設備「列車情報装置」と組み合わせるという点がこれまでにない開発要素となります。大幅な開発遅延や他の鉄道事業者の動向による方針変更*7が無い限りは、2020年代後半から本仕様の装置を導入していくことで、2030年代中に全線展開するという目標は時系列的に十分達成しうるものと考えられます。

2.5 東急電鉄

2023年3月に東京メトロと連名で田園都市線・大井町線にCBTCを導入することを明らかにしました*4。2019年の社長インタビューの報道や大井町線における実験の目撃情報(参考: Kamatetsuのブログ「大井町線CBTCについて」)などから、次期保安装置としてCBTCシステム導入が示唆されていましたが、事業施策として公表されたのは今回が初めてでした。導入予定時期は、▽田園都市線は2028年度、▽大井町線は2031年度としています。田園都市線では前回の信号保安装置更新から時間経過しており、公表されていない小規模な更新がこれまでにあった可能性はあるものの、システム全体の老朽取替が早晩必要であることが予測できる状況でした。大井町線は2008年にATC化されており、こちらも2020年代後半から2030年代初頭にかけて更新時期を迎えることが窺える状況でした。

東京メトロ半蔵門線と東急田園都市線ほかで同一CBTC導入
3月23日、東急電鉄と東京地下鉄は、2028年度の稼働を目指して同一のCBTC(無線式列車制御)システムの導入を目指すことを明らかにしました。導入範囲と稼動時期は▽東京メトロ半蔵門線と東急田園都市線は2028年度、▽東急大井町線は2031年

この発表におけるポイントは、相互直通運転先と同一システムを導入することを明言したことです。国土交通省での検討会にて、仕様共通化に関するガイドラインは定められましたが、「同一システム」と明言したことでより踏み込んだ形になりました。製造元等が全く同じであるかは現時点では定かではありませんが、仮に同じであれば一括発注による機器・材料購入費の低減が見込めます。相直線区におけるスケールメリットを生かせるモデルとして、注目されます。

2.6 伊豆箱根鉄道

2023年は国土交通省の「地方鉄道向け無線式列車制御システム技術評価検討会」*8が年内に2回行われましたが、2月に開かれた第5回検討会における配布資料の中で、工期延伸することが明らかになりました。具体的には、令和5(2023)年度以降としていた実用化時期を令和6(2024)年度以降に繰り下げるとしています。通信環境改善のため、大雄山構内に無線機を追加設置したこととそれに伴う現車試験の追加実施が工期延伸の理由です。
なお、最新の第6回検討会配布資料内の工程表によれば、2023年年末時点ではこの追加の現車試験やモニタランが行われている模様です。

3. 関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期(2023年末時点)

2022年末にご紹介した関東大手民鉄・地下鉄における保安装置更新時期の一覧について、上記の動向を反映したものを下図にお示しします。

-上記表の参考文献-
*1:鉄道事業者公式資料(報道発表資料、年譜、会社要覧、安全報告書、広報誌等)
*2:電気車研究会「鉄道ピクトリアル」各号
*3:日本鉄道運転協会「運転協会誌」各号
*4:日本鉄道技術協会「JREA」各号
*5:日本鉄道サイバネティクス協議会「サイバネティクス」各号、シンポジウム論文
*6:日本鉄道電気技術協会「鉄道と電気技術」各号
*7:鐵道界図書出版社「鐡道界」各号
*8:各社技報(該当する企業の略称を併記)

4.おわりに

本記事では、2023年の首都圏における無線式列車制御システムに関連する施策動向についてまとめました。繰り返しになりますが、2023年初頭(2022年度末)に大手民鉄2社から相次いでCBTC導入に向けた発表があったことが大きなトピックです。時代の潮流を示す印象的な出来事であり、他の鉄道事業者でも保安装置更新時期が迫る中で、各社の更新方針や計画が明らかになるのかが今後の焦点です。
2024年は、東京メトロ丸ノ内線にてCBTC運用を開始する予定であるほか、2020年代後半以降に導入予定である各社においても実証試験・設計・機器製作・工事等が進められる見込みです。鉄道事業者、メーカー等の動向も注目されます。
◇◇
本連載の調査にあたり、限られた時間の中で可能な限り多くの資料を参照するよう努めておりますが、見落としや転記ミスといった手落ちがあるかもしれません。また、平易な説明を重視するとともに文量等の観点から割愛している事柄があります。鉄道信号方面の造詣が深い方におかれましてはその点ご容赦ください。
お気づきの点やフィードバックがございましたら、本記事のコメント欄にお寄せください。
※本記事内各画像の二次利用はご遠慮ください。また、さらなる創作(動画制作等)をなさる場合、お示しした各参考文献を参照していただくことを強くお勧めいたします。

―本連載一覧―
首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ①施策動向(本記事)
首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ②設備動向
首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ③車両動向

参考文献

*1 東日本旅客鉄道:「有価証券報告書」、p.45、(2022.06)
https://www.jreast.co.jp/investor/securitiesreport/2022/pdf/securitiesreport.pdf(2023年12月20日参照)
*2 東日本旅客鉄道:「第3四半期報告書」、p.6、(2023.02)
https://www.jreast.co.jp/investor/securitiesreport/2023/pdf/quarter3.pdf(2023年12月20日参照)
*3 東日本旅客鉄道:「有価証券報告書」、p.52、(2023.06)
https://www.jreast.co.jp/investor/securitiesreport/2023/pdf/securitiesreport.pdf(2023年12月20日参照)
*4 東急電鉄、東京地下鉄:「相互直通運転を行っている東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線の信号保安システムを2028年度に同一の無線式列車制御システムに更新します~列車の遅延をより早く解消し、運行の安定性向上に取り組みます~」
https://www.tokyu.co.jp/company/news/list/Pid=cbtc-20230323.html
https://www.tokyu.co.jp/image/news/pdf/20230323-2.pdf(2023年12月24日参照)
*5 日本地下鉄協会:「「地下鉄施設の保守、維持等に関する研究会(第4回信号通信部会)」を開催」、地下鉄短信、No.578、(2023.11)
http://www.jametro.or.jp/upload/topics/PgdVboezmrdw.pdf(2023年12月24日参照)
*6 縄田:「無線式列車制御システム(CBTC)の導入に向けた取り組み―システム概要,運転取扱いの策定,教育の実施―」、運転協会誌、Vol.65、No.3、p.9-12、(2023.03)
*7 西武鉄道:「西武線全線に無線式列車制御システム導入を目指し、多摩川線で無線式列車制御(CBTC)システムの 実証試験を実施します」
https://www.seiburailway.jp/newsroom/news/20230118_cbtc/
https://www.seiburailway.jp/file.jsp?newsroom/news/file/20230118_CBTC.pdf(2023年12月24日参照)
*8 国土交通省:「地方鉄道向け無線式列車制御システム技術評価検討会」

(2023年12月23日参照)

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関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期④設備動向編
関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期⑤車両動向編

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