列車無線デジタル化に伴う車両改造が落ち着きつつある2022年から2023年にかけての年末年始ですが、今後同じ規模で所属車両全てに車両改造を要する事象として保安装置の更新が考えられます。この連載では、これまでの各社局・路線における保安装置の更新時期に焦点を当てることで、車両動向の予測に寄与することを目的とします。本記事では、列車無線デジタル化や無線式列車制御システム(CBTC)対応の改造例を振り返ることで、車両動向と設備動向の関係を整理・考察します。
1.はじめに
本連載ではATSやATCといった列車運転上必要不可欠なATP機能を持つ運転保安装置の更新時期に焦点を当てます。記事中で頻出するため、読み進める上で最低限おさえていただきたい略称は下記の通りです。なお、本記事は各装置の機能面について論ずることを主たる目的としておりませんので割愛させていただきます。
ATS:Automatic Train Stop(自動列車停止装置)
ATC:Automatic Train Control(自動列車制御装置)
ATP:Automatic Train Protection(自動列車防護装置)
CBTC:Communications-Based Train Control(無線式列車制御)
2.列車無線デジタル化の振り返り
本筋であるATP機能を持つ運転保安装置の話題から少し外れますが、直近で各社局の所属車両全てが対象となる改造が行われた列車無線デジタル化対応についてごく簡単に振り返りたいと思います。
列車無線デジタル化をめぐっては当初、新スプリアス規格への移行期限が2022年11月30日と総務省から示されており、この期限に向けて多くの社局で取り組みを進めていたようです(後に移行期限は「当面の間」に変更されています※1)。車両面の変化では、先行してデジタル化した小田急など一部を除く各社にて、2018年頃からアンテナ交換等の変化が確認されていました。各社局で概ね共通している車両改造の内容は、▽アンテナ交換とダイバーシティ対応のためのアンテナ増設、▽車上局無線装置の交換、▽操作器の交換、▽表示器の新設・交換です。
改造の詳細な推移については4号車の5号車寄り内にある各社局の編成ノートをご覧いただければと思いますが、数年かけてデジタル化後も使用するすべての車両に改造工事を施工したことが分かります。施工能力のほか、投資分散の観点でも長期にわたって改造工事をすることにある程度合理性があったとみられます。
1編成当たりの施工期間は、大まかな傾向として1~2週間(営業日でいえば5~10日)程度要するのが主流だったようです。アンテナ交換等は比較的短時間で済むとみられますが、乗務員室内に表示器を新設・交換するケースが多かったことから、配線追加・変更などでこの程度の時間を要したことは想像に難くないと思います。
3.近年の無線式列車制御システムにおける改造例
近年、研究開発が進み実用化もなされた無線式列車制御システムに関する改造例を確認します。各専門誌や国の検討会で明らかになっている改造メニューの要点を下図にまとめましたので示します。本連載の枠外ですが、参考としてJR東日本と伊豆箱根鉄道の例を含みます。
※上記比較表画像の二次利用はご遠慮ください。また、さらなる創作(動画制作等)をなさる場合、お示しした各参考文献を参照していただくことを強くお勧めいたします。
※国内では他に実験段階のものも含めて営業線を走行できる鉄道車両に無線式列車制御システムの車上装置を仮設した例としてJR西日本や山形鉄道での事例もありますが、割愛させていただきます。
各車両に共通していて外観上目立つ改造内容として、保安装置向けの車上アンテナ設置があります。基本的には屋根上に設置されていますが、東京メトロのCBTCでは乗務員室内に設置されているのが特徴です。伊豆箱根鉄道が日本信号と実証試験を行っている地方鉄道向け無線式列車制御システムでは、海外で使用されている日本信号におけるCBTC製品「SPARCS(Simple-structure and high-Performance ATC by Radio Communication System)」向けのアンテナと形状が似ており、同型品を流用しているとみられます。車両前面寄りの屋根上に2つのアンテナが設置されたことから、前面の表情が変化したのも特徴です。
車内信号の現示等を担う運転台の表示装置に関しては、ソフト改修を行っている模様です。このほか、運転台周りではスイッチ類の変更も行われています。
位置検知機能に用いる速度検出には速度発電機を使用する場合があるほか、E233系7000番台では新規開発した速度センサを採用、東京メトロではPG(Pulse Generator)に加えてDRSS(Doppler Rader Speed Sensor:ドップラー式非接触速度センサ)を採用しています。
これらのことから、採用するシステムにもよりますが、部品の新設・交換や機器間の配線工事、ソフトウェア変更が必要であることが窺えます。近年の新造車両では無線式列車制御システム導入を見越して準備工事を施している車両があり、E233系7000番台と同様に、物理的な作業部分の改造工事期間短縮効果が得られるはずです。一方、直近ではJR京浜東北線向けE233系1000番台にATACS向けとみられるアンテナを装備した編成が現れたことで、今後、準備工事を施していなかった車両における改造内容や期間といった改造工事の規模感を掴めることが期待されます。
列車無線デジタル化対応と同等の規模感で改造工事を行うと仮定すれば、1編成当たり最大2週間程度、所属車両全ての改造は数年かかると予測できます。この連載でここまで考察してきた大手民鉄の保安装置次期更新時期の山(2030年代初頭以降)から逆算すると、早い事業者では2020年代後半にもこうした改造工事の動きが出てくる可能性があるほか、仮に安全性等を調べる検証・試験を行う場合、仮設装置を搭載した車両が2020年代前半に現れる可能性もあります(本連載第1回で紹介した東急大井町線のような事例)。
4.車両動向と設備動向の関係
造詣の深い方には既知のことも多いと思いますが、ここまで取り上げた保安装置や列車無線といった設備動向が車両動向に与える影響を考えるうえでの要点をまとめたいと思います。
①新車導入・既存車の更新スケジュール
以下の要点②とも密接に関係しますが、新車導入を推進することで既存車両改造の手間を抑えることが考えられます。また、既存車両等で長期入場を伴う機器更新や内装リニューアルといった改造工事が行われる場合、同じタイミングで手を入れることで営業運転から離脱する期間をトータルで減らすことができ、稼働率向上に寄与することが期待できます。
②旧型車両の置き換え
上記の要点①とも密接に関係しますが、老朽取替対象である旧型車両の廃車時期も左右されます。先が見えている車両に対して改造コストをかけるのは経営面から好ましくありません。急な計画変更も想定できるのですべてが見通せるわけではないと思いますが、新設備の使用開始時期までに廃車を計画している車両に対して必要な改造が施されないことはこれまでの各社局の事例からも明らかで、こうした傾向は今後も続くとみられます。
③改造工事期間中の一時的な保有車両数増
設備の使用開始時期が迫っている場合、場所や人手、コスト面の問題がクリアできれば同時並行で複数の編成に改造を施すことで全体の施工率を底上げすることができます。そのために上記の①②を組み合わせることで工事予備となる編成を用意し、平時よりも保有車両数を増やす方策が考えられます。類似例として、JR中央線のグリーン車組み込み改造に伴う編成増の動き・考察が参考になります(209系1000番台の転用・E233系0番台T71編成の増備)。ただ、維持コストが一時的に増えるため、あくまで全体の施工率を底上げするための奥の手のような位置づけで捉えるのが適切かもしれません。
④施工途中での仕様変更
所属車両全てに対して長期にわたり改造工事を行う場合、詳細設計の深度化などにより途中でシステムの仕様変更があることで、それまでに施工した車両に対して改めて改造工事を行う事例も考えられます。実例として、小田急電鉄はD-ATS-P化に伴う車両改造工事について、専門誌に下記のような状況を寄せています。
“車上側の搭載工事については、2011年度末にすべて完了させる予定で進めているため、D-ATS-Pシステムの詳細設計が完了していない段階で車両改造工事を開始せざるを得なかったこともあり、地上側の詳細設計の進捗や、乗務員の取扱い対応、更に安全性検証においての指摘事項を踏まえた仕様変更工事が発生し、現在も新規工事とあわせ仕様変更前に施工した工事車両の仕様変更工事を実施している状況です。”
鈴木、山田「新列車制御システム(D-ATS-P)の概要と今後の計画」, R&m, Vol.18, No.3, p.17-21, (2010.03)
このケースでは初期に改造した車両に対して改めて改造工事を行ったとしています。追加分の工事量も相当のボリュームであると記されており、計画部門や現場では大きな苦労があったと推察されます。
このように、長期間にわたる改造工事に関する車両動向を追う場合、二重に作業を行う可能性があることも踏まえて状況をみる必要がある点が教訓といえます。
5.まとめ
本記事では、列車無線デジタル化や無線式列車制御システムといった新設備導入による車両改造について、既知の情報を整理・考察し、設備動向が車両動向に与える影響を考えました。
直近の列車無線デジタル化対応では、新設備対応をしないまま廃車された車両があったことから、車両動向に影響を及ぼす一因として設備動向にも注目が集まったように思います。今後も本連載で示したように保安装置更新の潮流がそう遠くない未来に訪れることが予想されます。小さな変化でも後に控えている大きな施策の種であることも考えられることから、引き続き、現車試験や搭載設備の変化といった各社局の車両動向を注視していくことが不可欠であるといえます。
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本連載の調査にあたり、限られた時間の中で可能な限り多くの資料を参照するよう努めておりますが、見落としや転記ミスといった手落ちがあるかもしれません。お気づきのことやフィードバックがもしございましたら本記事コメント欄にお寄せください。
―本連載一覧―
関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期①大手民鉄編
関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期②地下鉄編
関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期③相互直通編
関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期④設備動向編
関東大手民鉄・地下鉄の保安装置更新時期⑤車両動向編
6.参考文献
※1 総務省:「無線設備規則の一部を改正する省令の一部改正等に係る意見募集の結果及び電波監理審議会からの答申-新スプリアス規格への移行期限の延長-」, (2021.06)
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban12_02000130.html
*1:鉄道事業者公式資料(報道発表資料、年譜、会社要覧、安全報告書、広報誌等)
*2:電気車研究会「鉄道ピクトリアル」各号
*3:日本鉄道運転協会「運転協会誌」各号
*4:日本鉄道技術協会「JREA」各号
*5:日本鉄道サイバネティクス協議会「サイバネティクス」各号、シンポジウム論文
*6:日本鉄道電気技術協会「鉄道と電気技術」各号
*7:鐵道界図書出版社「鐡道界」各号
*8:各社技報(該当する企業の略称を併記)
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