首都圏のJR・公民鉄では次期信号保安装置として無線式列車制御システム導入を目指す動きが相次いでいます。全3回の本連載では、2023年の動きを総括することで、在来線向け無線式列車制御システムをめぐる現状を整理し、記録に残すことを目的とします。本記事では、地上設備に関する動向を振り返ります。
1.はじめに
本記事では、無線式列車制御システムに用いる地上設備の動向に焦点を当てます。2023年は東京メトロ日比谷線や都営大江戸線、西武多摩川線で新たにCBTC向けとみられる無線アンテナ等の地上設備が設置されたことが確認されました。以下に各社の動向をまとめます。
※本文中で頻出する保安装置関係の略語は下記の通りです。なお、CBTCとATPの関係についてはこちらをご覧ください。
ATS:Automatic Train Stop(自動列車停止装置)
ATC:Automatic Train Control(自動列車制御装置)
ATP:Automatic Train Protection(自動列車防護装置)
CBTC:Communications-Based Train Control(無線式列車制御)
ATACS:Advanced Train Administration and Communications System(JR東日本の無線式列車制御システム)
SPARCS:Simple-structure and high-Performance ATC by Radio Communication System(日本信号の無線式列車制御システム)
2.2023年の設備動向
2.1 JR東日本
2023年11月末に公表された日本電設工業のIR資料において、「京浜東北線川口・大宮間ATACS装置新設他」工事を同社が受注、施工が始まったことが明らかになりました。
12月下旬現在、同区間の車内から見える範囲において工事が行われている様子は確認できませんでした。資料で示されている「ATACS装置」がシステム構成要素のどの部分までを示すのかが断定できませんが、外部から見える範囲で分かる動きとしては▽パンザマストの建設や▽LCXケーブル架設、▽これらに係る既存設備の支障移転といったことが考えられます。こうした動きが出てくるかが今後の注目点です。また、残る京浜東北線東神奈川・川口間や山手線においても同様の動きが活発化するとみられます。
現行システムの機能面について、埼京線ATACSにおいて防災情報システム:プレダスが持つ気象条件による運転規制情報をATACSに連携させる機能が使用開始されていたことが判明しました。
同じく、機能面の話題になりますが、列車間隔制御における前後2列車間の最小距離を短縮する予定であることが、同社採用ページに掲載されているインタビュー*1において明らかになっています。具体的には下記の通りです。
線区 | 距離[m] |
---|---|
仙石線 | 200 |
埼京線 | 100 |
山手線・京浜東北線(予定) | 50 |
※参考:東京メトロ丸ノ内線CBTC(予定) | 39(14+25) |
2.2 東京メトロ
丸ノ内線では昨年末の状況と変化はなく、2022年11月より夜間走行試験が開始されていることから、基本的な外部機器設置は完了済みと捉えられます。
日比谷線では2023年夏に一部区間で丸ノ内線のもの同形状のATP地上無線局やアンテナの設置を確認しました。12月上旬現在、設置区間は日比谷線の中目黒・南千住間のトンネル区間全般に拡大しています。ただ、アンテナ等が未設置の駅間があるほかケーブルの配線も行われていない様子が確認でき、地上子も見受けられないことから引き続き工事が必要な状況です。加えて、中目黒構内や三ノ輪・北千住間の地上部には無線関係の外部機器が未設置であり、こうした地上区間への関連機器設置も進行することが予想されます。
なお、CBTC化に伴う軌道回路撤去の関係でレール破断検知装置が必要とされていましたが、2023年6月に日本信号が丸ノ内線・日比谷線向けにレール破断検知装置を受注したことを明らかにしました*3。これまでに、JR東日本と日本信号が共同開発していた帰線電流方式レール破断検知装置を丸ノ内線で試験し導入検討を推進することは報告*4されていましたが、日比谷線も含めて本採用に至ったことが判明しました。
2.3 都営地下鉄
大江戸線では2023年2月に放射部の一部区間でCBTC向けとみられるアンテナの設置を確認しました。12月下旬現在、放射部のほか環状部の東新宿~本郷三丁目間等にも設置されています。最近設置されたと思われる箇所では、アンテナのほかに機器箱を側壁に設置するための金属製部材が設置されているものの、機器箱は未設置の箇所もある状況です。
大江戸線CBTC(SPARCS)の地上側無線アンテナの形状は東京メトロCBTCの地上側無線アンテナと形状が異なり、レール方向に延びる円筒状の形状です。大江戸線CBTCの製作元である日本信号が過去に海外の地下鉄路線で納入した地下区間向けのアンテナと類似の形状であることが、以前、業界誌に掲載された写真から窺えます*5。
2.4 西武鉄道
2024年度初頭からの西武式CBTC走行試験に向けて、2023年夏から多摩川線全線で地上無線機・アンテナ・地上子等の設置工事が活発化しました。12月中旬現在、各機器の設置は概ね済んだ模様です。
無線アンテナは新設された柱のほか、既存の架線柱や信号機柱にも設置されており、機器設置コスト低減に寄与するとみられます。アンテナは海外で導入済みのSPARCSや伊豆箱根鉄道大雄山線の地方鉄道向けCBTCで用いられている筒状のアンテナが主体です。地上子は駅間のほか、停車場の入口付近やホーム内、線路終端手前5~60m付近等の軌間内に設けられています。
西武式CBTCシステムは日本信号のCBTC製品「SPARCS」をベースにしているものの、西武固有の列車選別装置である「列車情報装置」と組み合わせることが特徴です*6。現時点では具体的な機器構成等が明らかではないため、既存のSPARCSとの差分が不明で、各機器の機能や設置方法で未知の部分があることに注意が必要です。
なお、2022年初頭から池袋線系・新宿線系それぞれで進められていた新列車情報装置向けの機器設置(多摩川線で新設された無線アンテナ・地上子と同等形状)は、各駅の状況から既に完了している模様です。
2.5 伊豆箱根鉄道
2023年は地方鉄道向け無線式列車制御システムの試験区間拡大に伴い、大雄山線小田原駅と五百羅漢駅の2駅で新たに無線設備や地上子等が設置されました。無線アンテナは従来の設置方法と同様に信号機柱等のほか、小田原駅ではホーム上家の梁にも設置されています。
また、大雄山駅では無線通信環境改善のため、無線設備が追加設置されました。
3.おわりに
本記事では、2023年の首都圏における無線式列車制御システムに関連する地上設備の動向についてまとめました。2023年は日本信号製CBTCシステムで地下鉄向けと地上区間の都市鉄道向けという国内では新しい形態の機器設置が始まり、従来のATACSや東京メトロのCBTCも含めると、システム・メーカー毎の多様性が際立つようになった1年でした。
なお、既にCBTC導入を公表している東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線では、執筆時点ではこうした動きはみられません。今後は、前述したJR山手線・京浜東北線のATACS導入に向けた準備も始まることが予想され、これまで動きが見られなかった線区も含め、各線の動向が注目されます。
◇◇
本連載の調査にあたり、限られた時間の中で可能な限り多くの資料を参照するよう努めておりますが、見落としや転記ミスといった手落ちがあるかもしれません。また、平易な説明を重視するとともに文量等の観点から割愛している事柄があります。鉄道信号方面の造詣が深い方におかれましてはその点ご容赦ください。
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―本連載一覧―
首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ①施策動向
首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ②設備動向(本記事)
首都圏における無線式列車制御システムの動き2023 ③車両動向
参考文献
*1 宮林:「INTERVIEW 1 無線式列車制御システム「ATACS」 山手線・京浜東北線導入プロジェクト」
https://www.jreast.co.jp/recruit/new-graduate/special/atacs/interview01.html(2023年12月24日参照)
*2 縄田:「無線式列車制御システム(CBTC)の導入に向けた取り組み―システム概要,運転取扱いの策定,教育の実施―」、運転協会誌、Vol.65、No.3、p.9-12、(2023.03)
*3 日本信号:「東京地下鉄丸ノ内線・日比谷線向けレール破断検知システムを受注」、(2023.06)
リリース資料(PDF)
*4 小曽根、他:「レール破断検知装置の導入について」、鉄道サイバネ・シンポジウム論文集 59、618、(2022.11)
https://id.ndl.go.jp/bib/032472772 (国立国会図書館オンライン「NDL-OPAC」の資料情報)
*5 栗田:「完全無線式列車制御システム(SPARCS)の使用開始」、 JREA、Vol.55、No.8、p.37078-37081、(2012.08)
*6 日本信号:「西武鉄道多摩川線無線式列車制御(CBTC)システムの実証試験に向けたシステム設計を受注」
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