Kumoyuni45 > 鉄道ピックアップ > 東武9101Fはなぜ修理されず廃車となったのか

東武9101Fはなぜ修理されず廃車となったのか

スポンサーリンク
鉄道ピックアップ
東上線で運行されていた9000系9101F
黒磯をフォローする
鉄道ピックアップは、様々な話題・噂・予想を取り上げる投稿型コンテンツです。→投稿フォーム
17 Likes

2021年6月13日の準急森林公園行きに充当された東武9000系9101Fは、途中の北坂戸駅にて車両故障を起こしその後森林公園検修区に回送された後約2年間同所に留置されていました。なぜ2年間という期間修理されず、北館林に廃車回送されたのでしょうか

多数のコメントを頂けるようになったため、6月16日以降、ログインしていないコメントは承認制に移行します。「4号車の5号車寄り」に登録し、同じ情報でログインすると、引き続き、コメントを即時公開することが可能ですのでご検討ください。
匿名投稿も審査の上で掲載しますが、議論のレベルに及んでいない場合は掲載しない判断となりますので、ご承知ください。

コメント

  1. 先日の記事の11480Fもそうですが、試作車故の特殊仕様が現場から敬遠されていたのだと思います。

    • 故障を度々引き起こしてしまったのが一番の原因かと思われますが、唯一車体更新を施行していないなどの欠点もあり廃車となってしまったのかもしれませんね。

  2. 元々故障報告が絶えない編成でしたし、どちらかといえばむしろ維持させてもらえていた方なのではと思ってしまいます。
    11004Fや11480Fもそうですが、何より運用数減少で離脱できる余地が発生してしまったことが大きいのではないでしょうか。

  3. 10000系列とは似て非なる機器構成、頻発する故障、地下鉄にも直通できないが地上線でも共通運用にしづらい、と使い勝手が悪かったのが大きいと思います。
    もともと試作車ですし所要数さえ足りていれば無理して”戦力”に入れなくても良い、という判断もあったのかもしれません。

    • 東武9000系9101Fは81年に試作車両として搬入され、地下鉄有楽町線成増〜和光市間が開業する迄の6年間東上線本線として運用が始まりました。その後有楽町線同間開業を機に7編成が地下鉄に入線を果たしましたが、有楽町線にもホームドアが設置される事になり、9101Fはホームドアに対応していないため地下鉄乗り入れから除外され、最後迄東上線本線として運用する事になります。

  4. 私のモノではないのでURLを明記は致しませんが9101Fが廃車回送の際に撮影されたであろうとある1枚の写真がX上にあがっていました。
    その写真の内容としてはモハ9501の主制御器を車体内側の部分を隙間から覗いたものです。

    そちらの写真の内容から察せるに写真内に写る5か所のコネクタの取り付け口のうち3カ所は外されたまま他のケーブルに支えられぶら下がり1カ所が脱落しかけているという状態です。
    また内2カ所は固定するためのネジカバーのようなものが取れてコネクタ接続口内にくっついたままとなっているようでした。

    また周りをみると通常みられるような鉄粉がさびたような汚れではなくコネクタ接続部を中心に黒ずんでおりコネクタ自体も接続部分に向かってビニールが黒く焦げたような跡が見えるように感じれます。

    発煙したなどの内容から回路がショートしたなどなにかしらの不具合により高温などで焼かれたことが主な原因として主制御器を損傷してしまったことが考えられます。

    もちろん当初修理、復帰という可能性はあったことでしょう。また部品としては他編成でも使われているものでもあり運転するための心臓部でもあったので事故としての調査が行われていたことが考えられます。
    しかし車両の経年使用の状態もあり制御器の損傷を修理・交換がメーカーとしても対応できないことにより廃車という判断が下ったというのが最も自然に考えられる理由かと私は思っております。

    もちろんこの故障を引き起こしていなければ今でも走っていた可能性もあったでしょう。こればっかりは運の尽きということで私も残念としか言いようがないですが…

  5. どこで見たかは失念しましたが、扉間隔が他の車と異なり、
    ホームドア設置位置と合致しない、とありました。
    この点、事実とすれば使い勝手が悪く嫌われた可能性があるのかな、と思います。

    • 少なくとも東上線のホームドアは対応しています。

    • 副都心線への乗り入れの際に、東京メトロが整備する有楽町・副都心両線のホームドアに対応できないために地上専用となりました。近年に東西線には大開口型のホームドアが整備されましたが、当時整備されたのは一般的なタイプですので対応できなかったようです。余談ですがこの際東京メトロ07系も有楽町線を追われ東西線に転用されました。

  6. 東武最初のステンレス車、初登場の時の驚きと喜びは忘れられません
    長年、8000系のみの陣容にもう飽き飽きしていましたから
    ただ、あの帯の色は不評でしたね。よきサツマイモの皮の色などといわれました
    (ちなみに8000系のクリーム色はサツマイモの身の色だと)

    • 帯色ですが、「窓下にウォーカルを貼ろう」という話になり当時の東武の副社長さんが東急車輛(現・J-TREC横浜)に赴き、
      実車にいろんな色のウォーカルを次々貼って、あの色に決まったそうです。
      (土岐實光さんの著書「電車を創る」より)
      「話」が出なければ、無塗装ステンレスだったかもしれません…

    • 無塗装ステンレス、南海高野線の昔みたいでカッコよさそうです(適当)

    • 私的な良い色だと思いますよ。

    • 大昔、グリーンマックスの直営店で、阪急マルーンで代用して店頭に模型を飾っている、とか聞いたような。

  7. 公式で廃車回送前面展望を公開したりNFTに残すあたり少なくとも愛情はかけていたんだなと思います。

  8. コロナ後の輸送需要の回復状況が読めなかったからでしょう。ポストコロナのダイヤがほぼ確定し、必要な編成数が決まったことで、9101Fは余剰車となったため修理復帰ではなく廃車となったと。

戻る HOMEへ
Kumoyuni45 > 鉄道ピックアップ > 東武9101Fはなぜ修理されず廃車となったのか
ADSENSE_SCRIPT_CODE
タイトルとURLをコピーしました