315系の新造投入により、2023年までに神領に所属する211系全編成が廃車となりました。
そのうち315系投入前の211系5000番台は4両編成が20本、3両編成が17本が所属しており、この体制は1999年時点から変わっていません。
ここで気になるのは3両編成のうち、トップナンバーを含めた5001~5003の車番を持つ編成にはK115~K117と割り振られており、編成番号で最後の方に当たります。
同編成達はかつて3両に短縮された際も編成番号は後ろの方になったものの、1999年時点では一部編成が大垣に転出したこともあり、このタイミングで5001などを編成番号を最初の方に割り振りを直すことも素人目に考えて良く見えます。
しかし当時は313系の投入が始まった時期であり、それを踏まえると転出を見込んだものと推測されます。
トップナンバーを含めた編成が最後の方に割り振られた理由は何が関係していたのでしょうか?

211系神領車両区編成表(配置消滅)
現在の配置はありません。【中央本線向け5000番台】「4連」
コメント
特に深い意味はなさそうな気がします。
むしろ編成番号を頭から振り直す方が手間だったのかもしれません。
確かに編成番号の大小と車両番号のそれが比例していれば見た目には気分がいいかもしれませんが、
車両の管理をする上で編成番号での区別でとりあえず問題がないのなら車両番号との関連性は問わないのかなと思います。
この3本は元々サハを組み込んでいましたが、
この3本は元々サハを組み込んでおり、K3〜5編成を名乗っていました。
(当時K1〜2は0番台が名乗っていたので、その続番です)
1989年に3次車が落成すると、2次車の一部と5004の編成からサハが抜かれて3連化されまして、このタイミングで3連の編成番号も番号順に振り直されています。
1990年の4次車の落成後に、5001〜5003もサハが抜かれて3連化されますが、既に大規模な編成番号の振り直しが行われた後だったため、元々の3連の続番を名乗る事になります。
1999年に大垣転出車を抜いて再度編成番号の振り直しが行われてますが、このときは転出車の番号を詰めるだけの処置だったため、5001〜5003がラストのまま残った次第です。
1999年の振り直しが小規模だったのは、K0も番号順ではありませんし、全部の編成を変えるのも大変だったからではないでしょうか?
最後は憶測になってしまいますが、自分の中ではそういう事だろうと結論づけております。
気にしたことはありません。かつては編成番号が車番と関連がないなどごく普通の扱いでしたから。公開イベントの際に本職にご質問されてはどうでしょう。
製造から間もない時期ならともかく、管理履歴が積み上がってから車両番号基準で編成番号がシャッフルされたら嫌ですね。私がもし中の人なら。
車両番号基準で編成番号を振ることも出来るようになってからは過去の出来事になりつつあります。